「和紙の可能性を、もっと多くの人に知っていただきたい」
そんな純粋な気持ちから、和紙の実験コンテンツ「washi lab(和紙実験室)」を始めることにしました。記念すべき最初のテーマは、夏の風物詩である「金魚すくい」です。
普段、皆さんがお祭りで目にするポイ(金魚をすくう道具)は、実は洋紙と同じ木材パルプが主原料であることをご存知でしょうか。もし、水に濡れるとすぐに破れてしまう、あの頼りないポイの代わりに「本物の和紙」を使ったら、一体どうなると思いますか?
今回は、そんな一見突飛なアイデアを、大真面目に検証します!
実験を始める前に、まずは「そもそも和紙とは何か?」、その定義や原料について簡単にご紹介します。

緑枠:国産楮100%の和紙製ポイ用紙

そもそも和紙って何? その定義と原料
本来の和紙とは
和紙とは、日本古来の製法で作られる紙の総称です。もともとは、国産の楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)といった植物の靭皮(じんぴ)繊維のみを原料とし、日本国内で「手漉き(流し漉き)」によって作られるものを指していました。


採取から時間が経過したものです
しかし、その定義は時代とともに変化し、現代では手漉きに加えて「機械漉き(抄き)」の和紙も広く作られています。また原料も、海外産のものを使ったり、木材パルプを混ぜたりするなど多様化しています。

日本産業規格(JIS)による和紙の定義
現代における「和紙の定義」として、日本産業規格(旧称:日本工業規格)では以下のように定められています。
「我が国で発展してきた特有の紙の総称。手漉き和紙と機械漉き和紙とに分類される。本来は、コウゾ、ミツマタ、ガンピなどの靭皮繊維にねりを用い、手漉き法によって製造された紙を指したが、近年では、パルプを原料として抄紙機で抄造されたものも含む。
(紙・板紙及びパルプ用語 JIS P0001:1998年より引用)
このJISにおける和紙の定義は、非常に解釈の幅が広いことが分かります。文面通りに受け取れば、手漉き・機械漉きに関わらず、和紙原料100%で漉かれた紙も、洋紙と同じパルプ原料の紙も、そして両者を混ぜて漉かれた紙も、すべて「和紙」と呼べてしまうことになります。このため、市場には和紙本来の風合いとは異なる製品も「和紙」として販売されているのが現状です。

ただし、誤解しないでいただきたいのは、これら多様な紙も全て、時代とともに進化を遂げた「現代における和紙の一種である」ということです。もちろん「本来の和紙」の特性を求めるのであれば、原料や製法を見極める必要があります。ちなみに、弊社ではお客様により安心して和紙をお選びいただけるよう、そして伝統的な製法で和紙を漉いている職人さんたちを守るために、独自に和紙の定義を定めています。弊社の考える和紙の定義や、和紙と洋紙についての明確な違いについては、こちらの記事をご覧ください。
今回の検証では、代表的な和紙原料の一つである「楮(こうぞ)」の中でも、国産楮を100%使用した機械漉き和紙を使って検証を進めます。以降、この和紙で作成したものを「和紙製ポイ用紙」、市販のパルプ製のものを「パルプ製ポイ用紙」と表記します。

耐久性を徹底検証!和紙製ポイ用紙 vs パルプ製ポイ用紙
さて「そもそも和紙とは?」という基礎知識をおさえたところで、いよいよ本題である和紙製ポイ用紙の耐久性検証に入っていきます。
市販のポイ用紙(パルプ製)は4号から7号まであり、数字が小さいほど紙が厚く、破れにくいとされています。職業柄、様々な洋紙や和紙に触れてきましたが、初めて市販のポイ用紙に触れた時、まずその薄さに驚きました。特に最も薄い7号は「え、こんなに薄いの…?」と、思わず声に出してしまったほどです。続いて6号、5号と触れてもまだ薄いという印象は変わらず、4号になってようやく「他より少し厚いけど、それでもずいぶん薄いな」と感じました。普段扱っている和紙であれば、同じくらいの薄さでももっとハリがあり、しっかりとした強さを感じるからです。検証がどんな結果になるか、ますます楽しみになりました。
今でこそ安価なパルプ製のポイ用紙しか見なくなりましたが、実はその昔、実際に楮(こうぞ)和紙が使われていました。

左から時計回りに4号、5号、6号、7号
事前の検証
本検証に入る前に、より確実な検証方法を見つけるためのプレ検証(予備実験)として、パルプ製ポイ用紙に10円玉を一枚ずつ慎重に載せていく方法を試してみました。しかし、硬貨を置く際のわずかな衝撃や置き方によって、予期せずポイが破れてしまうことが何度かありました。

同程度の「透け感・厚み」を持つ和紙を選定しました
※見た目の比較のため、枠は外しています
この経験から、より実践的な状況に近い検証方法が必要だと考え、本検証では以下の方法を採用することにしました。
本検証の方法
- 比較対象
和紙製ポイ用紙(国産楮100%機械漉き)vs パルプ製ポイ用紙(市販品、最も強度が高いとされる4号を使用) - 和紙の選定
パルプ製ポイ用紙(4号)と同程度の「透け感・厚み」を持つ和紙を選定。
※厚い和紙を使えば有利になるため、可能な限り公平性を期します。 - 試行回数
各ポイ用紙で合計20回の耐荷重実験を実施。連続して5回成功した最大の重さを「耐荷重(実績値)」とし、20回中最も重い記録を「最大耐荷重」として記録。
※試行回数を多くすることで、手技による結果への影響(ブレ)をできるだけ小さくします。 - 状態
ポイ用紙は使用前に裏表とも水で十分に濡らす。
※実際の金魚すくいに近い状態にするため。 - 負荷方法
おもりとなる10円玉・1円玉を、必要な枚数まとめて一度にポイに乗せ、1分間保持できるかを判定。
※硬貨を一枚ずつ乗せる方法は衝撃で破れる可能性があるため。また、水中での耐久試験は、どうしても個人の技量に左右されるため、本検証では行いません。
本検証の結果
本検証では、各ポイ用紙について合計20回の耐荷重実験を行いました。10円玉(1枚あたり実測4.5g)と1円玉(1枚あたり実測1g)を組み合わせて重さを調整し、「1分間保持できるか」を判定。20回の試行のうち、連続して5回成功した最大の重さを「耐荷重(実績値)」とし、さらに20回の中で一度でも1分間保持できた最も重い記録を「最大耐荷重」としました。
試行錯誤の末、明らかになった驚きの結果は以下の通りです。
ポイの種類 | 耐荷重 実績値 (硬貨の枚数) | 耐荷重 実績値 (g換算) | (硬貨の枚数) | 最大耐荷重(g換算) | 最大耐荷重 破れ方 |
和紙製ポイ用紙 (国産楮100%機械漉き) | 10円硬貨=24枚 / 1円硬貨=2枚 | 110g | 10円硬貨=27枚 | 121.5g | 粘りながら、 ゆっくり破れる |
パルプ製ポイ用紙 (最も厚い4号 市販品) | 10円硬貨=8枚 / 1円硬貨=1枚 | 37g | 10円硬貨=8枚 / 1円硬貨=3枚 | 39g | いきなり破れる |
※ 10円玉は4.5g、1円玉は1gとして換算(実測値)。
和紙製ポイ用紙は、パルプ製ポイ用紙(4号)と比較して、耐荷重 実績値で2.97倍、最大耐荷重値では約3.12倍強いことがわかりました。和紙製ポイ用紙が実績値と最大荷重値に差があるのは、おそらく和紙特有の漉きムラ(手前と奥で厚みが異なる場合があります)などが影響し、結果にばらつきが出たためと考えられます。実際、20回の検証のうち、最大耐荷重を記録したのは2回のみでした。




また、破れ方にも違いが見られました。和紙製ポイ用紙は粘り強く、ゆっくりと裂けるように破れるのに対し、パルプ製ポイ用紙は前触れなく、瞬時に破れる特徴がありました。

下の破断面の写真を見るとよく分かりますが、和紙製は長い繊維がはっきりと確認できます。

細かな繊維がたくさん見えます

繊維が少なく、脆いです
乾燥状態での比較
今回の検証は、実際の金魚すくいに近い「濡れた状態」で行いましたが、参考までに「乾燥した状態」のポイ用紙でも同様のテストを実施しました。その結果、和紙製・パルプ製(4号)ともに、乾燥状態では300g以上(10円玉66枚以上に相当)の重さに耐えられることが分かりました。

ご覧の通り、硬貨のタワーができました!

この結果から、どちらの紙も水に濡れることで強度が著しく低下することが改めて確認できました。では、なぜ水に濡れると紙は弱くなるのか。 その理由については、後ほど「製造過程における水の役割」の項目で解説します。
300g以上も問題なさそうでしたが、ポイは濡れた状態で使うものですし、なによりポイの枠が重さに耐えられないと判断したので止めました (笑)
なぜこれほどの差が?和紙とパルプ、構造の違いを解説
今回の耐久性検証では「和紙製ポイ用紙」が「パルプ製ポイ用紙」に比べて、実績値で約3倍もの強度を誇ることが明らかになりました。一体なぜ、このような大きな差が生まれたのでしょうか。その秘密を、和紙の構造と製造過程を紐解きながら解説します。
和紙の原料「楮(こうぞ)」が持つ圧倒的な繊維の長さ
和紙の主な原料である「楮(こうぞ)」の繊維の平均的な長さは約7.3mmにも達します。これは、代表的な洋紙原料である針葉樹パルプ(平均 約2.3mm)や広葉樹パルプ(平均 約1mm)などと比較しても、際立った数値です。この長く強靭な和紙原料の繊維が、製造過程で複雑に絡み合うことによって、薄くても丈夫な和紙を生み出す理由の一つとなるのです。
和紙繊維の長さ(平均)
- 楮(こうぞ):7.3mm
- 三椏(みつまた):3.2mm
- 雁皮(がんぴ):5.0mm

縦横無尽な繊維が確認できます
洋紙繊維の長さ(平均)
- 針葉樹パルプ:2.3mm
- 広葉樹パルプ:1mm
- 木綿パルプ:1.45mm
- バガス(さとうきび)パルプ:0.9mm

繊維が短く、手で簡単に裂けます
製造過程における水の役割
和紙の製造過程において、水は重要な役割を果たします。植物繊維は水と親和性が高く、水に浸けると繊維が水分を含んでふくらみ(膨潤し)ます。十分に水を吸わせた繊維で紙を漉き、乾燥させると、繊維同士が水素結合します。この水素結合は、個々の結合は弱いものの、無数の繊維が複雑に絡み合い結合することで、丈夫な和紙ができるのです(乾燥方法も和紙の強度に影響を与えます。詳細については、こちらの記事をご覧ください)。


無数の細く長い繊維が見えます
一方、洋紙の主原料である木材パルプの繊維は、和紙の繊維に比べて短いため繊維同士の絡み合いが少なく、和紙ほどの水素結合は形成されません。

繊維が少なく短いことがわかります
逆に、出来上がった紙が水に濡れると、繊維の間に入り込んだ水分子がこの水素結合を阻害し結合が切れてしまうため、紙の強度は低下します。濡れた紙を破いたとき、その破断面の繊維をよく観察すると、繊維そのものが切れているというよりは、繊維同士の結びつきがほどけている様子が見て取れるはずです。このことからも、水素結合が紙の形を保つ上でいかに重要な役割を果たしているかがうかがえます。
身近な例として「もみ和紙」があります。きれいなもみ和紙を作るには、乾燥した和紙を揉むのではなく、和紙を少し湿らせてから揉み加工を行い、その後乾燥させます。これは、水で湿らせることで一旦繊維間の水素結合を緩め、乾燥させる際に元の位置とは異なるズレた状態で繊維同士を再結合させるためです。もし、手元に和紙があれば、湿らせてから揉んで乾かしたものと、乾いた状態で揉んだものとを見比べてみると、その違いがよく分かるはずです。

和紙が丈夫な理由(まとめ)
これまでの解説をまとめると、和紙の驚くべき丈夫さは、主に以下の二つの要素によって生み出されています。
- 長い繊維の複雑な絡み合い
楮をはじめとする和紙の原料繊維は非常に長く、製造過程で互いに複雑に絡み合い、強固な構造を形成します。 - 水の働きによる繊維の結合
製造過程で水素結合が形成され、繊維同士が複雑に絡み合うことで、強固な構造を形成します。
この二つの相乗効果が、和紙ならではの高い引張(ひっぱり)強度と優れた耐久性を生み出しているのです。ただし、上記はあくまで主な要素で、実際には使用する原料の種類や質、処理方法、製造方法といった様々な条件によっても大きく左右されます。
和紙の耐水性については、古くから伝わるエピソードからもうかがい知ることができます。下記の記事で、その一例をご紹介しています。ぜひご覧ください。

今回の紙としての強さとは異なりますが、1000年以上の年月に耐えられる和紙は、単に原料の質が良いだけでなく、原料の処理方法が非常に重要な要素になります。「和紙のQ&A:長持ちする和紙の選び方はありますか?」では、長期保存に適した和紙の選び方を解説しています。
おわりに
今回の検証を通じて、和紙製ポイが持つ圧倒的な耐久性が明らかになりました。しかし同時に、お祭りの金魚すくいでは、あえて破れやすい従来品のパルプ製ポイを使うからこそ生まれる「気を抜くとすぐに破れてしまう」という独特の緊張感、そしてすくい上げた時の達成感が醍醐味なのだと改めて感じました。さらに、これまで感覚的に語られることの多かった和紙の強度について、実際にポイという身近なアイテムを用いることで、その一端を数値的に示すことができたのは、私たちにとっても大きな収穫でした。
和紙には原料や製法によって様々な種類があり、それぞれ特性も異なります。そのため、今回の結果はあくまで一例として捉えていただけると幸いです。もし身近に和紙があれば、手でちぎって繊維の様子を観察したり、今回の検証のように水に濡らして強度を試したりすると、新たな発見があるかもしれません。それは、インターネットの情報だけでは決して得られない、貴重な体験となるはずです。
【番外編】ポイ用紙4号と同等の強度を持つ和紙を探してみた
今回の実験の後、ふと「パルプ製ポイ用紙4号と同じくらいの強さの和紙って何があるかな」と気になり、追加で検証してみたところ、パルプ製ポイ用紙4号の耐荷重(実績値)37gと、ほぼ同等の和紙を発見しました。それが「土佐典具帖紙(とさてんぐじょうし)」です。

別名「かげろうの羽」とも呼ばれる、息を吹きかけると飛んでしまうほどの極薄の楮(こうぞ)和紙です。主に古文書などの文化財修復紙用として、国内外で広く使われており、用途にあわせて厚みは数種類あります。今回使用したものはその中でも厚手の部類に入ります。土佐典具帖紙の最も薄いものでは、手の指紋すら透けて見えるほどの薄さです。
原料は楮100%のものから、強度や用途に応じて楮とマニラ麻を混合したものなどがあります。今回のものは後者(楮・マニラ麻混合)です。

繊維の絡み合いが見えるほどの薄さ
下の写真は、左上から時計回りに、和紙製ポイ用紙(土佐典具帖紙)、パルプ製ポイ用紙(4号)、そして真下がパルプ製ポイ用紙で最も薄い7号です。こうして比べてみると、土佐典具帖紙(10g)はパルプ製ポイ用紙の中で最も弱い7号以上に薄いことがわかります。見た目はこの薄さにもかかわらず、パルプ製ポイ用紙4号の耐荷重(実績値)とほぼ同じ37gの重さに耐えることができました。和紙って、やっぱりすごいポテンシャルを秘めていますね!


この和紙なら、金魚すくいの醍醐味を味わえます(笑)
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