少し前になりますが、フランス人アーティストの方から「箔合紙(はくあいし)」に関するドキュメンタリー制作の一環で取材を受けました。お話をする中で、箔合紙の奥深い魅力を再認識する貴重な機会となりました。
今回は、金箔工芸に欠かせない存在である箔合紙について、その歴史や特徴、そして弊社との深い関わりをご紹介します。
心温まる贈り物
取材からしばらくして、アーティストの方から荷物が届きました。シンプルながらも洗練されたラッピングで、中身が何なのか想像もつきません。ドキドキしながら開けてみると、中にはメッセージカードと共に、手作りのメモ帳が入っていました。

どちらも心が伝わる素晴らしいものでしたが、特に目を奪われたのが、メモ帳の中表紙に使われていたプリーツ状の「箔合紙」です。普段弊社で見慣れている箔合紙とは異なる美しい意匠に、新たな可能性を感じました。

そもそも箔合紙ってなに?
箔合紙(はくあいし)とは、金箔や銀箔を一枚ずつ挟み、重ねて保存するために用いられる、三椏(みつまた)を原料とした手漉き和紙のことです。京都や金沢の金箔工芸には欠かせない存在で、かつては他の地域や県でも漉かれていましたが、現在では岡山県津山市にある横野和紙でのみ生産されています。
紙質は薄くしなやかで、表面は適度な滑らかさを持ち、わずかに赤みを帯びた黄味がかった色合いをしています。一般の方々が目にすることはほとんどないため、初めて知る方も多いと思います。金箔を扱う職人さんなど、限られた分野でのみ使用される特殊な和紙なのです。

箔合紙の役割
箔職人さんによると「箔合紙には表面にミクロの毛羽立ちがあり、それが箔と紙の密着を防ぎ、適度な通気性も保たれるため、箔がくっつくことがない」とのこと。さらに、和紙は静電気を発生させないため、箔が貼り付いてしまうこともありません。非常に薄く繊細な金箔を和紙は優しく包み込み、保存はもちろん使用するときにも扱いやすいのです。

津山箔合紙について
岡山県津山市にある上田手漉和紙工場(横野和紙)さんでは、現在も金箔工芸に欠かせない箔合紙を漉いています。地元産の三椏100%を用いて、手漉きで仕上げる箔合紙は全国で唯一ここでしか作られていません。
「工場」と聞くと、機械を使って大量生産しているイメージが強いですが、もともと工場は「こうば」とよみ、職人が集まって手作業で物を作る場所を指していました。上田さんのところも同様に、全て手作業で和紙作りを行っています。

すだれのようにかかっているのは、三椏を干しているところ。
津山箔合紙の製法
津山箔合紙(県指定郷土伝統的工芸品)は、原料と製法が厳格に定められています。
- 原料
三椏のみを使用 - 煮熟
原皮は石灰で煮熟 - 抄紙
・流し漉きであること
・竹製の簀を使用すること
・ねりにはトロロアオイを使用すること - 乾燥
板干しで乾燥させる

繊細な竹製の簀(す)が目を惹きます。
津山箔合紙の歴史
同じ岡山県内の真庭市樫西(かしにし)地区も三椏(みつまた)の一大産地で、かつては紙幣の原料となる三椏(局納みつまた)の生産量が日本一を誇り「一万円札の里」とも呼ばれていました。これらの地域は三椏(みつまた)の栽培に適した地域で、紙漉きの環境にも恵まれていたため、現在でも良質な三椏和紙の生産が行われています。
三椏を原料とする和紙は、独特の光沢と優れた印刷適性を持ちます。また、透かしなどの加工のしやすさ、高い耐久性に加え、原料栽培も容易であることから、長年、日本紙幣の原料として用いられてきました。

しかし、もともと津山市の横野和紙で「津山箔合紙」は漉かれていませんでした。弊社の3代目社長が全国を巡る中で需要が高まる金沢箔の箔合紙に着目し、原料栽培や和紙作りなどの環境条件が整っている横野和紙の漉き手さんに依頼して漉いてもらったのが、津山箔合紙の始まりだと伝え聞いています。

日本の三椏は、江戸時代後半から明治初期にかけて中国から渡来したといわれています。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
金沢箔が作られている石川県金沢市でも、かつて県内の和紙産地である二俣和紙で箔合紙が漉かれていた時代がありました。二俣和紙は加賀藩の庇護を受け、献上紙漉き場として加賀奉書などの高級な公用紙を漉いていた産地です。しかし、山間の二俣は積雪量が多く、三椏の栽培には適していませんでした。
時代とともに道路網が発達し、効率的な輸送が可能になったことで、横野和紙の良質な箔合紙が安定的に供給されるようになりました。現在、二俣では箔合紙の生産は行われておらず、横野和紙がその役割を担っています。

紙漉きにとって豊富な水は欠かせません。
取材に至った背景
創業当時から100年以上、箔合紙を取り扱ってきた歴史を知る企業として、取材にご協力させていただきました。弊社は創業当時、岡山県津山市で和紙の産地問屋を営んでいました。そんな中、金沢箔に使う和紙の需要が伸びていたため、岡山県と石川県を往来するよりも、拠点を設けた方が良いとの判断から、石川県金沢市に営業所を設け、現在の弊社に至ります。

金沢箔と共に歩んできた歴史の中で、弊社にとって金箔は非常に身近な存在です。そのような経緯から、弊社の創作デザイン和紙には、金沢箔を使用した製品が数多くあるのです。


未来へ繋ぐ想い
金箔や、あぶらとり紙(ふるや紙)でも知られる箔打紙は目にする機会があっても、箔合紙を見る機会はまずありません。その役目は、金箔を保存し、職人が使用するまで。きっと箔合紙に限らず、日本の伝統工芸には、表には出てこないものの、重要な役割を担っているものが数多くあるはずです。
金沢の繊細な金箔をそっと支え、その美しさを守り続けてきた箔合紙。先人たちが守り続けてきた想いと共に、私たちはこの価値を次世代へと伝え、日本の伝統工芸の灯を絶やすことなく守り続けていきます。

インテリアへの導入が珍しいこの紙を、空間に大胆に取り入れた事例です。
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