たまたま通りかかったときに目に入る、他のお宅の障子破れやヨレ。私の実家では、昔から常に障子を綺麗に保っていたため、余計に気付いてしまいます。
近年では、お手入れが簡単なワーロンシートが障子紙の主流となりつつあります。破れにくく、扱いやすいという利点は確かに魅力的ですが、どこか無機質な印象も否めません。
そこで今回は、なかなか見る機会の少ない「本物の障子紙」の魅力に迫ります。繊細な和紙の風合い、自然の光を取り込む柔らかな明るさ、そして日本の伝統文化を感じられる奥深さ。本物の障子紙は、単なる建具素材を超えた、心を豊かにしてくれる存在だと言えます。
本記事では、和紙専門店である弊社が「本物の障子紙の種類や特徴」、「実際の使用事例」などのほか、障子紙を綺麗に貼るための基本知識として、和紙の専門家の視点から「障子紙を貼るのに適した時期」についても解説いたします。ご覧になる事で身近にある障子紙との違いが明確になり、今後障子紙を購入される際の判断材料になります。
本物の障子紙とは?
近年、様々な種類の障子紙が出回るようになり、伝統的な製法で作られる本物の障子紙を見つける機会がますます減ってきました。今回ご紹介する選定基準を参考にすれば、実店舗やネットショップに関わらず、商品説明が正しい場合に限りますが、本物の障子紙をこれまでよりも簡単に区別することができます。
障子紙と和紙との違い
障子紙は、和紙という広いカテゴリーに属する一種です。例えると「車(障子紙)」と「乗り物(和紙)」のような関係です。
「和紙」という名称は、西洋から伝わった「洋紙」と区別するために生まれた言葉です。つまり、古くは日本国内で手漉きされていた紙を「和紙」と呼んでいたのです。和紙の定義について、より詳しくお知りになりたい方は、以下の弊社ウェブサイトページをご覧ください。
本物の障子紙の基準
本記事でいう「本物」とは、手漉き・機械漉きに限らず、以下の条件を満たした障子紙を指します。
- 和紙原料100%を使用していること
- 原料の産地が明確であること
- 科学薬品を一切使わず昔ながらの製法で作られていること
言葉で表すのは簡単ですが、実際に上記内容を満たした和紙を見つけるのは容易ではありません。意外に思われるかもしれませんが、このような和紙を漉いている職人さん自体が少ないのです。良質な国内産原料を安定的に調達するのは難しく、手間のかかる製法も相まって価格が高くなるため、本物の和紙を取り扱っている販売店も限られています。中には知ってか知らずか、産地偽装や製造工程を省いた良くない和紙を、お客様に説明せずに販売している「お店」や「漉き手さん」も見受けられます。
弊社は「本物」だけが正しいという考えを押し付けるのではなく、お客様に正しい情報を提供し、用途やご予算などに合った和紙をお選びいただくことが重要だと考えています。
昔ながらの製法を守って生産されている「本物の障子紙」を弊社でも取り扱っています。原料は純国産の土佐楮(高知県)100%。灰煮で原料処理を行っている事で楮の繊維の特性や強さがそのまま生かされ、柔軟性があり艶のある丈夫な和紙に仕上がります。弊社とは50年以上お付き合いのある機械漉きの職人さんで、和紙との向き合い方がブレない方です。
和紙の品質を決める要素
手漉きは高品質、機械漉きは量産品とイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。しかし、長年和紙業界に携わってきた弊社が実感しているのは、手漉き・機械漉きで品質の差が生まれるのではなく、使われている原料や原料の産地、割合、原料の処理方法が品質・耐久性に影響するということです。
手漉きは職人さんの個性がより色濃くでますし、機械漉きは安定した品質で長尺サイズにも対応可能な良さがあります。
国内で流通している楮の産地
和紙の原料には、楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)のほか、竹などもあります。中でも楮が主要原料として広く用いられる理由は、繊維の長さ・強靭性、栽培の容易さ、良質な紙質の3点が挙げられます。
長い繊維は破れにくく丈夫な和紙を作り、栽培の容易さは安定供給を可能にし、良質な紙質は滑らかで美しい仕上がりを実現します。以下では、国内に流通している楮原料の産地をまとめました。
国内産
- 高知県(土佐楮)
- 茨城(那須楮)
- 福岡県(八女楮)
- 島根県(石州楮)
海外産
- タイ
- 中国
- パラグアイ
産地によって、苗の種類や気候による成長スピード、土質、管理方法などが異なるため、和紙の仕上がりや品質に影響を及ぼします。国内に流通している楮原料の半数以上は海外産(機械漉きは、ほとんどがタイ産)が使われており、海外産と国内産をブレンドして使用されることもあります。
海外産の原料は、土壌の影響を受け油脂分が多く含まれているため、国内産と比べて品質は劣りますが、価格が安価で供給が安定しているという利点があります。
- 原料の油脂分が多いとどうなるの?:原料処理に手間がかかり、完全に油脂分を取り切れないだけでなく、その過程で原料繊維を傷める可能性も否定できません。さらに、仕上がった和紙は墨や染料を弾いたり、経年劣化によりシミが出たりするなど、問題が発生する可能性があります。
一般の障子紙と、本物の障子紙の違い
一般的な量産障子紙(mあたり300~400円程のもの)と、昔ながらの製法で漉かれた灰煮障子紙(mあたり3,500円 税抜)を比べてみました。
透け感
テーブルに置いて撮影
- 一般的な障子紙(パルプ主原料):漂白した原料を使用しているので、真っ白で綺麗に見えます。
- 灰煮障子紙(楮100%):原料本来の生成り色(黄みがかった白)をしています。
ただし、量産品の中には生成り色に着色した商品も出回っているので、色だけで判断は出来ません。
光に透かせて撮影
- 一般的な障子紙(パルプ主原料):均一な繊維の動きが確認出来ます。
- 灰煮障子紙(楮100%):繊維の動きに規則性がなく、モヤモヤとした風合いが感じられます。
どちらも綺麗に見えますが、比べてみると明確な違いが確認できました。
破った時の繊維の出方
違いをより分かりやすくするために、それぞれの障子紙を手でちぎってみました。繊維の出方が全く異なるのがお分かりいただけるかと思います。この繊維の質が、和紙の強度を大きく左右するのです。
- 一般的な障子紙(パルプ主原料):ちぎると短く細い繊維があらわれます。
繊維同士の絡まりも弱いので、簡単にちぎることが出来ました。 - 灰煮障子紙(楮100%):ちぎると強く長い繊維があらわれます。
繊維自体の絡まりも強いので、ちぎる時に手応えを感じました。
一般的な障子紙は、毎年変える事が良いとされています。これは経年劣化などにより、白かったはずの障子紙に茶色いシミがでたり、繊維が弱く自然と破れてしまうためです。主な要因として「主原料がパルプである」ことや「製造時に化学薬品を使うことで、原料の繊維が傷んでいる」ことが考えられます。また、和紙はフィルターの役目を果たしており、空気中のホコリや汚れを吸着する効果を維持することができます。
10年以上、変色もなかった灰煮障子紙
今回ご紹介した灰煮障子紙は、1年毎に張り替えする必要はありません。実際に私の実家で張り替えてからの約10年間、日光が当たる室内でもシミや破れ、色の変化は一切見られませんでした。10年以上もちそうでしたが、ある日不覚にも手が当たって破ってしまったため張り替えました。使用環境によって耐久年数に違いが出てくるかもしれませんが、少なくとも実際に使ってみてこの結果を見てしまうと、手間をおしまず作られた和紙の底力を感じます。
お客様の使用事例
下記ページでは、灰煮障子紙をご自宅に取り入れられたWRIGHTさんご夫妻の事例をご紹介しています。築40年ほどの日本家屋を購入し、お二人で少しずつ自分たちらしい空間にリノベーションされています。
灰煮障子紙の価格は、幅約1m×長さ1m単位カット売り(mあたり3,500円 税抜)と、決して求めやすい価格ではないかもしれません。しかし、この障子紙を気に入って、これしか使わないというお客様もいらっしゃいます。あまりに耐久性があるので、お客様が以前買いにこられたのは何年前なのか、お互いに分からないという笑い話もあるほどです。灰煮障子紙は、実店舗「紙あさくら」と、オンラインショップ「Washiあさくら」でも販売しております。
障子紙を綺麗に貼るための基本知識
障子紙を貼るのに適した時期は?
木枠は晴れた日、和紙単体は雨など湿気の多い時期です。
両方を好ましい状態にするには、和紙に霧吹きを使う事で調整します。
作業は晴れた日に行うと早く終わります。理由として、木枠を洗って十分乾かす必要があり、晴れた日の方が半日程度で乾くためです。時間が無いときは、固く絞った濡れた雑巾で、アクや汚れがつかなくなるまで拭いて、十分に木枠を乾燥させておこないます。枠に損傷がないかも確認し、必要に応じて補修しておきます。
一方で和紙は雨の日など、湿気の多い時期が適しているため、霧吹きを使って調整します。和紙は水分を含むと伸び、乾燥すると縮む性質があるためです。「貼り終えた障子が晴れた日は綺麗なのに、雨の日はヨレてしまっている」そんなことはありませんか?これは和紙が湿気を帯びて伸び縮みすることで起きる現象です。
木枠にマスキングテープで障子紙を仮止めし、転がして枠のサイズよりやや大きめにカットします。この段階で一度、霧吹きで軽く和紙全体に水を吹きかけておきます。ヨレが全体に発生しますが、気にせず進みます。吹きかけたあとはシワにならないように、マスキングテープ側に戻して巻いておきます。
枠(桟)に糊を塗り、障子紙を丁寧に転がしていきます。全体にかぶさったら、障子紙全体に再度霧吹きで水をまんべんなく吹きかけ、和紙全体の色が変わる程度まで十分に湿らせます。そうすると、和紙が延びてヨレが全体に発生するので、中心から外側に向かって、そのヨレをピンと張るように障子紙を引っ張るようにしてヨレを取ります。桟との密着させるときも、桟の中心から外側に向かって接着面を指で優しくなぞってヨレを取っていきます。この段階で、濡れているのにヨレやたわみが無い状態になっていれば成功です。少し時間をおいて、完全に乾く前に余分な部分をカットして完成となります。
これで、雨など湿気が多い時も、ヨレも一切なく、晴れた日は障子を指先で叩くと太鼓のような音がするくらい、張った状態になります。少なくとも私の実家では毎回この貼り方で行い、一度も失敗したことがありません。
貼り終えた後の霧吹きは有効?
これもよく耳にしますが、和紙の障子紙の場合は、糊が乾いた後に霧吹きをしてもヨレなどは直りません。枠にしっかり貼り付けられているため、枠内の和紙が濡れた時に伸び、乾いたら縮むだけで動きようがないからです。濡らす→乾かす工程を行う事で、徐々に小さくなる和紙があるとしたら、革新的な商品と言えます。通常の和紙の障子紙は、濡らしてできたヨレを伸ばして初めて綺麗に仕上がるため、桟の糊が乾く前(貼った直後)にしか調整が出来ないのです。
おわりに
日本には、伝統を受け継ぎ、素晴らしい和紙を漉く技術を持つ職人さんたちが、今もなお多く活躍しています。技術の発展により様々なものが便利になっていく現代において、本物の和紙の持つ独特な風合いと奥深さは、一層その価値を際立たせています。
弊社では、今後も皆様に和紙に関する正しい知識や魅力をお伝えし、改めて和紙に目を向けていただくきっかけを作りたいと常日頃から考え進めています。和紙に関するご質問などございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。
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